2010年02月07日

準決勝 佐藤選手VS二宮選手その20

数見選手が極真カラテの組手スタイルに衝撃と革命をもたらした
一つの大会がある。1993年4月に開催された「第1回全関東大会」が
それである。

この大会には、多くの全日本クラスの選手が出場した。
前年24回全日本準優勝の数見肇(城南)、22回全日本3位の岩崎
達也(城南)、全アジアチャンピオンの阿部清文(山口)、
増田章を破り全日本5位入賞の実績のある高橋衛(千葉南)、
「足技の魔術師」小笠原和彦(城西)、飯泉俊明(栃木)、
鈴木国博(神奈川西)、谷川光(城北)、成嶋竜(総本部)、
ニコラス・ペタス(総本部)、高久昌義(城南)など多彩な顔ぶれ。

この大会を特集した「月刊フルコンタクトKARATE」1993年6月号には、「極真新伝説、始まる」初代王者は数見に決定-極真に新しい
技術革命の波-
とのタイトルがつけられている。

では数見選手は、どのように戦ったのか、フルコンタクトKARATE誌の
レポートで振り返ってみる。

1回戦 対雨宮戦

「オーソドックスとサウスポーの双方の構えを使う。相手が自分の
前足を蹴ってくると、その足を円を描いて、スッと自分の後ろ足の
後方へ引く。まっすぐ引くのではなく、体が真横になるくらい足を
引いて、その足で強烈な下段や中段蹴りをカウンターする」

2回戦 対杉山戦

「杉山の下段を足を引いてかわす数見。その足で下段や中段に蹴りを
返す。今度は足を引いてかわすと、前足のショートのおとす下段蹴り。
どちらから飛んでくるかわからない数見の攻撃」

3回戦 対飯泉俊明戦

「飯泉は高い蹴りを蹴れば蹴るほど下段を合わせられる。
だから飯泉は自分のスタイルとは違った低い蹴りを中心に
戦わなければならない。
飯泉が体を密着させて短い突きで数見を押し込もうとすると、
数見は例の円のステップでくるりと飯泉をくずし、下段蹴り、
下突きを着実に入れる」

準決勝 対阿部清文戦

「阿部が下段を蹴ると、数見は足を引き、引いた足、もしくは前の足で
落とす下段。さらに足を引いて、相手のサイドに入りつつ前の手で
脇腹へ下突き、そして下段蹴り、というパターンを見せる。
それにしても足を円で引きつつななめから攻撃を加えるパターンで、
かつてこれほど完成された受けの組手を見せた選手がいただろうか」

決勝 対鈴木国博戦

「強烈な鈴木の突きにスイッスイッと前足を円を描いてさばき、
ピシャリと下段を落とす。前足に体重がかかっているだけに、
余計ききそうな蹴りだ」                  つづく


 
posted by キワメシンノスケ at 23:59| 極真第1回世界大会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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